スポーツの世界では、稀に「雑草の強さ」という言葉が使われる。

プロ野球で通算317勝をあげた鈴木 啓示投手。
自身のことを草魂と呼んでいた。

バレーボールで言えば誰だろう。
そう、現JTマーヴェラスの吉原知子監督。
そして、現姫路ヴィクトリーナの竹下佳江監督。

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お二方はそれぞれ全日本を経験しながら、拠り所のない事情で追われ、雑草の如く逞しさで全日本に復帰。
ともにキャプテンとして活躍した。

竹下さんはシドニーオリンピック行きの切符を逃した戦犯扱いされ
吉原さんは若手中心の若返りという理由で年齢制限を受けた。

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共に絶望的な環境から持ち前の努力と根性で勝ち取ったオリンピアの座。

こうした苦境から這い上がった経験が、お二方を強くし、栄光への階段を駆け上った。
もし、挫折していたら、二人の話は美談にも何もなっていない。

現実は厳しいが、逆境から這い上がることで自らの人生を切り開いた。


そういったアスリートは世の中に沢山いる。

かつてシュートを武器に読売巨人軍のエースとして活躍した西本聖選手。
相手のインコースの胸倉をえぐるシュートで通算165勝。

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彼はドラフト外で入団。まさに雑草だった。

当初のライバルは同期入団でドラフト1位の定岡正二。
甲子園の花形スターだった定岡に、西本はライバル意識を燃やし、実力で追い抜いた。

ところが、それもつかの間、西本の一個上の投手として当時巨人軍のエースだった小林繫と1対1トレードという形で電撃入団した快速球を誇る江川卓が登場する。

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前年、ドラフトを拒否し、「空白の1日」を経て突然現れた怪物を前に、西本は持ち前の負けん気を燃やした。

うなりを上げ落ちるシュートを武器に江川とライバル争いをし、ダブルエースとして君臨したのだが、その江川も引退。西本自身のモチベーションも下がっていた。

そんな折、中日ドラゴンズとの交換トレードが成立し、巨人を離れることとなった。

当時西本は3年連続で一桁勝利に留まり、トレードに出される前年は僅か4勝。限界が囁かれていた。
ところが西本は持ち前の負けん気で復活し、何と20勝を上げ、それまで一度も獲得したことのなかった最多勝を獲得し、不死鳥の如く蘇った。

ドラフト外で入団しMAX140kmそこそこの速球しか投げられない投手は、脚を高々を上げる独特のフォームで相手の胸倉をえぐるシュートを武器に、通算165勝を上げ、プロ野球の歴史にその名を刻んだ。

何するにせよ、今の時代に死語となってしまった「根性」を体現した男である。


※西本選手の1981年日本シリーズ 巨人 vs 日本ハム 第2戦の投球







JAぎふリオレーナより塚本尚子選手の引退が発表されました。

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・塚本尚子選手からのコメント
「この度、引退することになりました。5年間たくさんの方々に支えていただき、ここまで頑張ることができたと思います。感謝の気持ちで一杯です。これからも、私らしく笑顔で頑張っていきたいと思います。本当にありがとうございました。 これかもリオレーナの応援をよろしくお願いします」

塚本尚子選手と言えば、JAぎふの守護神としての活躍を思い浮かべます。
ここでの引退は残念ですが、これからの人生でのご活躍を心からお祈り申し上げます。