人間は言ってる言葉が全てではない。
ハッタリもある。

何かをうそぶいて自らの退路を絶ち、同時に相手を威嚇する。その位の気概と覚悟がないと勝負事は勝てない。

中田久美さんが良い例だ。
「日本一怖い女性」と揶揄されることもあるが、久光製薬スプリングスは常勝軍団として黄金時代を作った。

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ただ、勝負事はハッタリのみならず、駆け引きも必要だし、それを言えるだけ裏付けが必要。

それは勿論、努力だ。

ただ、こうした気の強さだけが取り沙汰される中田さんだが、そこには女性ならではの細やかな心配りもあっただろう。何と言っても長年、全日本のセッターとして活躍してきた御方だ。

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勿論、気の強さもあればこそだろうけど、がさつでは無理で、忍耐強くなくては常勝チームのセッターは務まらない。


ハッタリは自分を強くする。

例えば、若い頃「ホラ吹きクレイ」と言われたカシアス・クレイことモハメド・アリ。

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史上最強の世界チャンピオンと言われるアリだが、彼のトレードマークは試合前に相手を罵倒しまくるパフォーマンス。

「俺が最強だ」「俺が最も偉大だ」「何ラウンドでノックアウトする」

あれは相手を戦意喪失させる意図もあるのだか、アリはこんなことを考えていた。

「大ぼら吹きが好きな者はいない。しかしこう言えば、みんなは俺の試合を見にくるし、プロモーター達には、俺の試合が金になることが判るんだ。野次や怒号の中をリングにあがるのは、いい気分だ。最後は、俺の予告どおりになるんだからね」

まさに自分へのプレッシャーを楽しみ、それを実行するだけの実力があればこそ。

しかし、ハッタリはリスクを伴う。
ヘビー級史上最強を謳われた彼が、人生で最も奇妙でスリリングな試合を、この日本で行うこととなったからだ。

プロレスラー・アントニオ猪木との試合だ。

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きっかけを作ったのもアリ。

クアラルンプールでの防衛戦を前のリップサービスでアリは「100万ドルの賞金を用意するが、東洋人で俺に挑戦する者はいないか?」と宣言した。

ところが、このアリのリップサービスを真に受けたのがアントニオ猪木。

アリはこの申し出を快諾、したのだか、誰も本当に実現するとは思っていない。

何故ならば、現役のヘビー級チャンピオンのボクサーのギャランティが破格過ぎて、プロレスラーのトップクラスの年収を数ラウンドで稼いでしまう。

しかも、現役のボクシングヘビー級チャンピオンがプロレスラーと闘うなど前代未聞だ。

アリは当初、この試合をエキシビション(練習試合)だとばかり思っていた。

ところがいざ蓋を開けてみると、猪木は真剣勝負を挑むつもりだ。

アリは蒼くなった。
それならアメリカに帰ると言い出した。

しかし、アリは猪木の「俺はアリを困らすためではなく、真剣勝負がしたいんだ」、「何でも条件を呑むから」という猪木の情熱に折れ、世にも奇妙な「プロレスvsボクシング」が実現した。

何しろK-1や総合格闘技という概念のない時代。お客さんもまだ目が肥えていない。

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プロレス技を殆ど禁じられた猪木はアリキックというスライディングキックで対抗。終始この戦法で攻めた猪木だが、試合は膠着。
結局両者引き分けと裁定となり、この試合は世紀の凡戦と痛烈に批判された。

ところがだ、アリは帰国途中に深刻な脚のダメージを負い入院。猪木戦でのダメージが予想以上に重大であったことが発覚。以前の輝きを取り戻せないまま引退。

こうした事実が表に出るにつれ、この試合の評価が高まっていく。

そして、この試合にはこんな後日談がある。
数年後、猪木とアリが再会した時、アリが「お前はあの試合どうだった? 俺は正直怖かった」と漏らすと、猪木も「俺も怖かった」と漏らしたという。

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ハッタリが産んだ奇跡の試合。

いつしか二人の間には、世にも奇妙な闘いを経験した同士の友情が芽生え、アリは猪木に自分のテーマソングをプレゼントした。

それが今でも使用されている「イノキ・ボンバイエ」の原曲「アリ・ブマイエ」である。

闘ったものしか分からない友情。
それはスポーツだからこそ芽生えるかもしれない。

※モハメド・アリのテーマソング
「アリ・ブマイエ」