この選手が戻ってきてくれたから
全日本は意地を見せてくれた。

リオデジャネイロオリンピックでもみせた
渾身のブロック。
そして、ロンドンを思わせるキャプテンシー。

ともすれば、おとなしめに映る
近年の全日本女子バレーボールチームの中で
見せてくれた母の包容力。

そして、ガッツ溢れるプレイ。

第一期眞鍋ジャパン・伝説のキャプテンと言えばこの方。

皆もよく知る
荒木絵里香選手

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コートネーム:エリカ

シャツネーム:ARAKI

生年月日:1984/08/03

身長(cm):186.0

最高到達点(cm):304.0

サージャントジャンプ(cm):62.0

出身地:岡山県

出身校・前所属チーム:
成徳学園高校(現下北沢成徳高校)→東レアローズ→ベルガモ→東レアローズ→上尾メディックス


■個人成績・戦績:


・個人タイトル

2004年Vリーグ ベスト6

2006年Vリーグ ベスト6

2007/2008 Vプレミアリーグ MVP

同スパイク賞

同ブロック賞

同ベスト6

同Vリーグ日本記録賞(スパイク部門)

2008年 北京オリンピック ベストブロッカー賞

2009/2010 Vプレミアリーグ スパイク賞

同ベスト6

第59回黒鷲旗大会 ベスト6

2010/11 Vプレミアリーグ ベスト6

2011/12 Vプレミアリーグ MVP

同敢闘賞

同スパイク賞

同ブロック賞

同サーブ賞

同ベスト6

2014/15 Vプレミアリーグ ブロック賞

同Vリーグ栄誉賞

2015/16 Vプレミアリーグ ブロック賞


・団体成績

・全日本

2007年アジア選手権 優勝

2010年世界バレー 銅メダル

2011年モントルーバレーマスターズ 優勝

2012年ロンドンオリンピック 銅メダル



・Vプレミアリーグ

東レアローズ

2007/2008 Vプレミアリーグ 優勝

2009/2010 Vプレミアリーグ 優勝

2010年日韓トップマッチ優勝

第59回黒鷲旗大会 優勝

平成23年度 天皇杯・皇后杯 優勝



・高校

下北沢成徳高校

・春高バレー
第33回全日本高等学校選手権大会 優勝
第34回全日本高等学校選手権大会 優勝

・インターハイ
第55回全国高等学校総合体育大会バレーボール競技大会 優勝

・国体
第57回国民体育大会 優勝


こうしてみると、壮観と言って良いほどの数々の輝かしい戦績を誇る荒木選手。


荒木選手と言えばニックネームが多い。
アラキング、鉄腕エリカ。
それだけバリューがあるということだ。

木村沙織選手もそうだ。
スーパー女子高生から、後年はサオリンの呼び名で親しまれた。


そんな二人は下北沢成徳高校時代の先輩・後輩。そして、大の仲良し。

そして、荒木選手を語る上で欠かすことの出来ないのは、高校時代のチームメイト、そして東レでも全日本でも一緒に活躍した、パワフルカナこと大山加奈さん。

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荒木選手は所謂、メグカナと同年代の「黄金世代」。

どういう訳かこの世代は、日本バレー界でも稀有な大型選手が多く、バレー界を彩った。
栗原恵、大山加奈、橋本直子、平井香菜子、坂下麻衣子、秋山美幸選手、そして荒木選手。

所謂バレーボーラーの当たり年だったこの世代でも、荒木選手は将来を嘱望されたひとり。
岡山から単身、成徳学園高校(現下北沢成徳高校)に入学、そこで大山加奈選手と出合い、高校時代は高校三冠を達成。

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高校時代の輝かしい戦績から頭角を表すのも早く、東レアローズ入団一年目からレギュラーを獲得。アタック決定率2位でベスト6に輝く。
この結果を受け、全日本にも初選出。既に全日本入りしていた栗原、大山選手と肩を並べる。

ところが、アテネオリンピックの選考から漏れる。理由は「ブロードをマスターしてきなさい」

屈辱の荒木選手に課題は示された。

そんな荒木選手の飛躍のきっかけは2006年。
ワールドグランプリでの活躍によりレギュラーに定着。同年の世界バレーにも出場し、ようやく持てる能力が開化した。
2007年アジア選手権の優勝に大きく貢献すると、同年のワールドカップにて全戦スタメン出場。不動の地位を築いた。

躍進は続き、2008年天皇杯・皇后杯で優勝するとVプレミアリーグで東レの初優勝に貢献。最高殊勲選手賞・スパイク賞・ブロック賞・ベスト6賞を獲得し、国内最高の栄誉を手中に収める。

こうした活躍により全日本不動のレギュラーを獲得した荒木選手は北京オリンピックに出場。準々決勝で敗れるも、ベストブロッカー賞を受賞、一躍世界にその名を轟かせた。

これを機に荒木選手は、更なる飛躍を求め、一年間のレンタル移籍ながらイタリアのペルガモに移籍。

そして、体制が刷新された全日本女子バレーボールチームにて眞鍋政義さんが新監督となる中、全日本のキャプテンに就任。
名実ともに世界と闘う日本代表の中心にいた。

荒木選手は東レに復帰。チームの三連覇に貢献すると日韓トップマッチ、黒鷲旗大会を制し国内三冠を達成。

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「次は世界」

まず、その大事な扉をこじ開けたのは2010年世界バレー。

キャプテンとして率いる最初の三大大会、日本開催という地の理もあり、アメリカをフルセットの末降し、見事銅メダルを獲得。32年の空白を超え、日本のお家芸と言われたバレーボールが再び世界の檜舞台に戻ってきた。

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この活躍により、再び日本にバレーボール熱の火が灯る。

次こそは金。その期待が日本国内で膨らむ中、翌年、ロンドンオリンピックの出場権が懸かったワールドカップ。日本は中国と同じ8勝3敗の4位で終わるも、女王ブラジル、アメリカをストレートで降す快進撃を見せ、望みを繋いた。

勿論、その先にあるのはロンドンオリンピック。
世界最終予選では韓国に敗れてから成り行きが悪くなり、最終戦のセルビア戦で所定のセット数を超え、辛くも予選通過。
そして迎えたロンドンオリンピック。
予選リーグを3勝2敗の3位で通過した日本は決勝トーナメントに出場。
準々決勝で中国と対戦。
この試合は伝説のフルセットマッチとなる。

第一セットから双方譲らぬ大激戦となる中、全日本は木村、江畑の両エースが活躍。
勿論、コートにはキャプテン荒木選手もいた。

第1セット、日本は終盤22-24と先行される厳しい場面から3連続得点で逆転し25-24。最後は木村選手が決め28-26で第1セットを先取。
第2セット、中国19-15から2枚替えで入った中道、狩野選手が展開を変え21-22と迫るも、23-25で中国奪回。
第3セット、中国はケイ・ジャクキ選手に4連続アタックを決められ12-15。終盤、荒木選手のサービスエースで20-20の同点。形成を逆転した日本は江畑選手のスパイク、最後は木村選手が決めて25-23で奪い返し、日本王手。
第4セット、日本は3-6と3点を追う。4連続得点で日本は13-14と一気に差を詰め、終盤23-23までもつれるも、最後は木村選手がシャットされ、中国が23-25で勝利
最終セット、日本は江畑、木村選手を中心に得点、双方譲らぬ展開から、先にマッチポイントを奪われる。しかし日本はピンチサーバー中道選手のサーブで崩して荒木選手がダイレクト、最後は中道選手のサービスエースで、セットカウント3-2で中国を破りベスト4進出が確定した。

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この後日本は韓国戦に進み、ストレートで勝利し、日本は28年ぶりとなる待望の銅メダルを手にいれる。
この瞬間、荒木選手は伝説の選手のひとりに名を連ねた。

その後、荒木選手は東レアローズで2012/13シーズンを準優勝で終えると、四宮洋平さんと結婚、出産のためにチームを離れることとなった。

そして2014/15シーズンよりVプレミアリーグへ昇格した上尾メディックスに入団。
ロンドンオリンピックのキャプテンの再挑戦が始まった。

目指すはそう、リオデジャネイロオリンピック。
元々、2012年を以て現役引退を決意していた荒木選手を説得したのは、誰あろう眞鍋政義監督。

手間取ったものの、2016年、荒木選手は再び全日本に帰ってきた。
全日本女子バレーボールチームに世界の頂点へと導くために。

しかし、それには時間がなさ過ぎた。

2016年の全日本女子バレーボールチームは体制を固めるのに時間が掛かり、上手く行ったとは言えなかった。それは荒木選手も同様で、代表復帰して僅か数か月で世界に挑まなくてはならない。

しかし、修羅場を知る荒木選手は、ここぞで活躍した。
特にブロックで大きな声でチームを鼓舞し、士気するその姿。
言いにくいことを言わなくてはならないキャプテン木村選手の負担を軽減し、献身的にサポート。
前回のロンドン同様、韓国に敗れて雲行きが怪しくなるも、今や伝説のひとつとなっているタイとのフルセットの死闘も、やはりチームを鼓舞する荒木選手が、そこにいた。

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この難関を乗り切った日本はイタリア戦で所定のセット数を超え、見事リオへの切符を獲得。最終戦のオランダ戦をフルセットの末勝利し、アジア1位で予選を通過する。

再び世界の頂点を目指す日本だが、やはり躓きは韓国。大事な初戦を落とすと、カメルーン、アルゼンチンと格下を除く相手に全て敗れる。

苦境にあえぐ中、荒木選手は要所でブロックを決め日本を鼓舞するが、奇跡は起こらなかった。
準々決勝でアメリカと対戦した日本は第一、第二セットを失い、第三セット、木村沙織選手を中心とする七連続得点で20-20の同点に追いつくも、これが最後の見せ場となった。


3度のオリンピックを経験した荒木選手は、現在、トヨタ車体の中心選手として戦い続けている。

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バレーボーラーは現役選手として活躍するだけが仕事ではない。
自らのプレイを見せ、後進のお手本として。

日本を再び、世界の主流へと導いた荒木選手のやるべきことは多い。
選手として、母として。

そして、悲願のリーグ優勝目指して。
荒木選手は今日も闘い続ける。