OQTのゲストとしてロンドンオリンピックの銅メダルメンバーとしてテレビに映った姿を見て、多くのファンはこう思った。

「あなたがいる場所はそこじゃないでしょ」

引退アスリートの枠に収まるには、まだ若すぎる。
ロンドンオリンピック後、中田久美監督の要請を受け、セッター転向。
3年の歳月を経て、引退。

元祖・天才少女
そんな彼女は狩野舞子選手。

そして、その願いは突然叶った。
PFUブルーキャッツでの電撃復帰。

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彼女は常に成長途上人だった。

・コートネーム:マイコ

・シャツネーム:KANO

・生年月日:1988/07/15

・身長(cm):185.0

・最高到達点(cm)305.0

・出身地:東京都三鷹市

・出身校・前所属チーム:

八王子実践高校→久光製薬スプリングス→パヴィーア→ベシクタシュ→久光製薬スプリングス


■個人成績・戦績:

・個人タイトル

第58会黒鷲旗大会 敢闘賞
同ベスト6


・団体成績

・全日本

ロンドンオリンピック銅メダル


・Vプレミアリーグ

久光製薬スプリングス

2012/13 Vプレミアリーグ優勝
2013/14 Vプレミアリーグ優勝


八王子実践中学時代から注目を集め、天才少女ともてはやされた狩野選手だが、度重なる故障で個人タイトルは少ない。あまりにも期待が大き過ぎた故に、いささか遠回りした。

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彼女は元々、全日本のエース候補。
両アキレス腱の断裂を始め、故障に泣かされてきた狩野選手はその都度引退が囁かれ、久光製薬スプリングスを退団したときも、マスコミは一斉に怪我には勝てず、無念の引退と報道した。

それだけ人気の高い選手だった。

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そんな彼女はあすなろの樹。
見た目は檜に似ている。

いつかは本物の檜になる。
そう、世界の檜舞台へ、全日本のエースへ。

多くのファンが夢を見た。

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アタッカーとして、
そして日本バレー界でも前例を見ない大型セッターとして。

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勿論、夢は叶っていない。
今はまだ、白紙。

だが、セッター目線のバレーボールを経験したことで、バレーボールとは何なのか、視野が広がった。

経験値というのは大きい。
以前ならこれしかないと思っていた攻め方も
違う攻め方が何通りもあることを学んでいる。

今の自分なら、こんな風に攻める。
それが経験値。

度重なるアクシデントを経て、その都度習得するものが増え、メンタルは強くなる。
天才少女はいつしか
百戦錬磨の強者としてコートにいる

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あとは動ける体を作る。
そして少しずつ結果を残していくこと。

新天地にはかつて全日本でともにロンドンオリンピックを闘った江畑幸子選手がいる。

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彼女もまた、狩野選手と同じようにアキレス腱断裂の重傷を負い、リオデジャネイロオリンピックの切符を逃した。

ロンドンのエースは今再び、狩野選手とともに闘う。


そして、狩野選手の現役復帰の影には、PFUブルーキヤッツの主将として長らくチームを引っ張ったこの人の支えがあったかもしれない。

坂下麻衣子さん。
彼女もまた、元全日本。

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狩野選手とともに世界を舞台に闘い、PFUブルーキヤッツをいつかVプレミアリーグの舞台に押し上げるために粉骨砕身した。

そして、昨年、ようやくその願いを叶えた坂下さんは現役を引退。

その思いは親友の狩野選手へ託された。

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マイコとマイコ、繋いだバトン。

人生はどう転ぶか分からないが
夢は諦めずに持ち続けれは、いつか叶う。

挫折も絶望も全部経験した。
あとはいくのみ、迷いはない。
彼女がコートを離れている間にも
多くの選手が台頭し、大分様変わりした。

夢とは人から与えられる
ものではない
自分で作り上げ、掴み取るもの。

それが自分のためであり、
ひいては人への恩返しになる。

プロリーグ化が迫りつつある今
新たなチャンスも増えた。
不安もあるが
もうただの若者てはない。
何よりも再びバレーコートで輝くために

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狩野舞子の新たなる挑戦は、
まだ始まったばかり。